「アスカの旗の下に」では今後4週にわたってKONさんの作品の掲載を行います。
長いこと掲載をお待たせしまして申し訳なかったことです。
大変緊迫感に満ちた、いいできばえの作品です。
ややオフシーズン気味ですがそれはアス旗の更新速度の問題であります。すみません。
日常の中にこだわる恐怖。ホラー映画にこめられた思いが次第に皆さんに伝わっていくことでしょう。
ふふふふふふふ。
- 2008/03/24(月) 03:18:02|
- こめ日記
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果樹園という言葉は都会育ちの人間があこがれる響きがある。
育った家は世田谷の用賀にあった日本家屋だった。大変庭が広く、濡れ縁にぶどう棚がしつらえてあり、その両側に木いちごが植わっていた。庭の小道を挟んでびわの木があり、その向こう側には梨と柿が植わっていた。果樹園というほどではないが、結構友達と一緒に食べても食べ切れなかった。東隣の家との間は竹やぶが続き、竹の子を掘った。南側の垣根の向こうは広いキャベツ畑で、その向こう側に通っていた小学校があった。
用賀は今でこそ高級住宅街だが少し前までは肥溜めくさい町で、畑で遊んでいて肥溜めに落ちる奴なんかもいた。
朝、遅くなると生垣とキャベツ畑を突っ切って小学校の裏壁をよじ登って教室に駆け込んだ。屋上で体育をやると、物干しをしている母親に手を振ることができた。
ぶどう棚になった昔の『甲州』という大きいけどすっぱい葡萄の味を忘れられない。これが改良されて巨峰になったのか、というのは僕の勝手な想像だ。
今はその家は大きなマンション群になっている。航空会社の社員寮になっていたと聞いたがそれも取り壊されるらしい。洗濯物を干していた母も数年もせずして若くして亡くなった。だから僕にとって用賀はすっぱい葡萄と思い出したくない記憶の街でもある。
今、眼下に広がるぶどう園の姿は光を反射する葉を美しいと感じさせ、そんな記憶を薄めてくれる。
- 2008/05/29(木) 00:05:24 |
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